開かずの天袋

いまの部屋に引っ越してきてから、もう7〜8年が経つ。この間、ここに引っ越して来た時に手伝いに来てくれた同僚女子から聞かれた。 「あの、 『着ない服』 と 『開けない』 って書いてあったダンボール、どうした?」 と。
台所はフローリングだが居室は和室なので、一間の押入れと天袋がある。 「あー、あの時、天袋のいちばん奥に突っ込んだままだよ」 と言うと 「えー、信じらんない!カビカビかもしれないから、開けてみた方がいいんじゃない?」 とのアドバイス。捨て魔の彼女らしい。もうすぐ梅雨が来るし、そうだよねぇ。意を決して、天袋に捜査のメス。



手前の方には、履かないけど捨てられない靴が箱に入って積んである。開けて見ると、もう10年ぐらい履いていないハイヒールが何足も出てきた。5足、捨てた。ロングブーツも1足捨てた。使わなくなった健康器具もいくつか出てきた。これは、もうちょっと考えてから捨てようっと。パソコンやルーター、電化製品の空箱もあるぞ。うーん、もう捨てた家電の箱もあるじゃん。必要なもの以外は捨てよう。
あー、高かった、そして重かった皮のコート!こんなところにあったのかぁ。これはやっぱり捨てられないなぁ。次のこれは?紙袋や小さめの畳んだままのダンボールがいっぱい。あ、オークションの出品に夢中だった頃、商品の発送のために確保しておいたのか。
その後も、工具箱や好きなバンドの記事が載っている雑誌、バカラのグラスが入った赤い箱が数個、コロコロの粘着シート、卓上コンロ用のガスボンベ、スキーウェア、などいろんなものが出てくる。天袋って、いっぱい入るんだねぇ。
感心している場合ではない。詰め込んだのは私なのだ。
最後の最後、天袋の奥に謎のダンボールが4つ。箱に書かれた文字を見ると、 「着ない服」 がひと箱、 「開けない」 が3箱。



「着ない服」 を開けてみた。
なるほどねぇ。今は着ないけど、すごく気に入っていた服たちが出てきた。
カビてもいないし、虫にもやられていない。でもやっぱり、このまま保管しておいても着ないよね。キング・オブ・着ない服のワンピースを1着選んで残すことにし、他は全部捨てた。
あー、切ない。そう思ったとき、もうひとりの自分が言った。 「ふんっ、7〜8年も放置しておいたくせに」 。



次に、 「開けない」 を開けてみた。
なるほどねぇ。ふふふ。こりゃぁ、 「開けない」 だわ。 
出てくる出てくる、思い出の品。見られてもいい思い出の品たちは、実家に送って置いてもらっている。ここにあるのは、他人には見られたくない思い出たちだ。
私は中学生の時からアラフォーの今まで、ずっと日記をつけている。その、初代からの日記帳が出てきた。日記帳といっても、可愛らしい絵の表紙の薄いノートだ。好きな男子のこと、意地悪な女子のこと、部活の先輩のこと、お母さんに叱られたこと、文通相手のこと、体育祭が嫌だとか先生が好きだとか嫌いだとか、友達と遊んだとか、とにかく中学生らしいことがたくさん書いてある。これは確かに、他人には見られたくないねぇ。自分で見ても笑えるし、とにかく恥ずかしい。



次の 「開けない」 を開けた。
なるほどねぇ。これもまた、見られたくないねぇ。ふふふ、というより、たはは、だ。
昔々の私は、いろんな意味で、きっちりさんだった。今の私しか知らない人は驚くだろうなぁ。買い物のレシート、公共料金の明細、カードの明細、宅配便の伝票など全てをスクラップブックに貼っていた。そのスクラップブックが何冊も入っていた。うへぇ!なんてマメ子なのぉ!
開いてみると面白い。固定電話なんて、発信番号の明細まで保管してあるよ。宅配便の明細も面白い。いまは亡くなってしまった親友に送った宅配便の伝票があった。送ったのは 「水筒」 。へ?何でだっけ?覚えていないなぁ。
友達や親からもらった手紙もたくさん出てきた。ひとつふたつ、読んでみる。懐かしいわぁ。



次の 「開けない」 を開けた。
なるほどねぇ。これも、しっかりマメ子の頃のものだねぇ。
またもやスクラップブック。今度は、映画やライブのチケットの半券が貼られ、いつ誰と行ったか、映画は何を観たかが書いてある。映画館は 「シネスイッチ銀座」 が多いなぁ。噂の大作なんて目もくれず、単館映画ばかり観ているもんねぇ。ニューシネマ・パラダイスだけで6回も観てるわ。
遊園地やテーマパーク、旅行に行った時のパンフやチケットも貼ってある。クリアファイルには、リーフレットもたくさんあるわ。ほんと、マメだねぇ。
そして写真。あの頃はカメラを持っていなかったけど、バッグには必ず 「写ルンです」 を入れていたもんね。理由は 「東京だと、いつ芸能人に会うかわからないから」 だったっけ。でも結局、空や街や友達や、いろんなものを撮っていたなぁ。現像した時にもらう薄いアルバムがどっさり。これは、私の宝物。




結局、 「開けない」 ダンボールはまた、封をして天袋の奥に押し込んだ。また暫く 「開けない」 んだろうなぁ。
開けないけど、私にとって大切な箱だって分っただけでも良かったかな。