ふたつの優しさ

昨夜の帰りの電車はいつもよりも混んでいて、座ることができなかった。ドア付近に立ちながら、3月の初めに同じ位置に立って会話をしていた、高校生ふたりのことを思い出した。
私は座席のいちばん端に座っていたので、ちょうど彼らは私の脇で会話をしている状態。聞くつもりはなくても、会話は全て耳に入ってきてしまった。



彼らはたぶん高校一年生。バンドを始めようと画策中らしい。春休みに、貯めたお小遣いで大阪への旅行を予定している。A君は大阪に詳しく、B君は大阪へは初めて行く様子。A君は熱心に、B君はスマホをいじりながらの会話。
もうひとり、カワちゃんという仲間がいるようで、問題はそのカワちゃんとの関係らしかった。
A君とB君は旅行に行くことは決めている。経済的にも問題は無いらしい。一方、カワちゃんはバイトをしているらしく、旅行に誘うかどうかでA君とB君は意見が合わないようだ。


【A君の意見】
カワちゃんはバイトをしているし、家も金銭的に余裕がある様子ではない。自分がカワちゃんに声を掛けないのは、誘ったことでカワちゃんに負担が掛かるだろうし、一度、軽く誘った時に乗り気ではなかったから。一緒に行きたくないわけではない。
強く誘うことはカワちゃんにとって迷惑かもしれないし、そのあとも旅行の話は一切していないから、本当に行くとは思っていないと思う。
再び誘うことで、本当に旅行に行くと分かるし、 「行けない」 と言えずに悩むかもしれない。4万円という旅行費用は、俺たちにとっては大金。このままにしておいた方が、カワちゃんのためだと思う。


【B君の意見】
カワちゃんだって、バイト代もお年玉もあるだろうから、4万円も持っているかもしれない。誘わないで行くよりも、声を掛けた方がいいと思う。カワちゃんだけ行かないというのは、何となく気が引ける。あとで、自分たちだけが旅行に行ったと知った時、カワちゃんがかわいそうだ。
行くかどうかを決めるのはカワちゃんだから、声を掛けてみた方がいい。その後、バンドをやっていくのに、ずっとそのことが心に引っ掛かるような気がする。


A君とB君の意見は真逆にあるが、カワちゃんを思う優しさは同じだ。優しいから悩んでいる。私だったら、どうするかなぁ。
彼らは、大阪へ旅行に行ったのだろうか。行ったのなら、ふたりだったのだろうか、三人だったのだろうか。バンドはうまくいっているのだろうか。
三人で仲良くやっているといいなぁ。