帰省三日目、事故から十日目


今日の夕方は、単身赴任先からお兄ちゃん、うちからお義姉さん、チビ本人の三人が揃って、主治医の先生から病状の説明を受けることになっている。その前の13時には加害者が会社の上司とお見舞いに来るというので、それに間に合うようにお義姉さんと病院に向かった。
来るのか、その人が。
昨日、チビの病室があるフロアーのナースステーションのカウンターに、もの凄く大きな花かごが置かれていた。午前中に加害者と会社の上司が持って来たとのこと。この重症患者ばかりの病院では、悪い菌の繁殖原因となるため、病室に花を置くことは禁止されている。他の花かご同様、家に持ち帰った。昨日のうちにお兄ちゃんに加害者側から連絡があったそうで、上司とお詫びに行きたいので親御さんがいる時間を教えて欲しいと言ってきたとのこと。


で、約束の13時を20分以上過ぎてから、看護師さんが病室にやって来てお義姉さんに声を掛けた。お見舞いの方が来ている、と。お義姉さんは病室を出て迎えに行き、私はベッドの横の丸椅子に腰掛けたまま待った。
現れたのは、白髪の中年男性と、それよりかなり若いスーツ姿の男性。ベッドの背を起こしているチビに向かい、若い上司が 「この度は・・・」 と言った。同時に、加害者は軽く頭を下げた。チビは困ったような微笑みで、頭を下げた。私はただ無言で、加害者を睨みつけていた、と思う。
お義姉さんが 「昨日は前歯を治療してもらって」 と言うと、チビが唇を摘んで下げ、その歯を加害者に見せた。 「はぁ、折れていましたもんね。はぁ、キレイになりましたね。良かった」 と言った。
「はぁ!?ナニ言ってんの?この人。お前が言うな!」 と体中が熱くなるのを感じながら、チビの前でそれを口にすることは出来ず、加害者をじっと睨む私。そのあと二言三言、お義姉さんと会社の上司が会話をしたような気がするが、全く覚えていない。ただただ、コイツかー!と思いながら、加害者だけを睨みつけていた。
「これ、柔らかいものがいいかと思って持って来ました」 と何やら箱をチビに手渡した上司に、 「じゃ、あちらで」 とお義姉さんが声を掛け、加害者と上司は病室を出て行った。一緒に行こうかと思ったが、チビをひとりにできないので、私は病室へ残った。言ってやりたいコトがたくさんあったが、応対はお義姉さんに任せた方が良さそうだし。


お義姉さんが病室に戻って来た。詳しいことは、あとで聞こう。持って来た箱を開けたところ、ショートケーキが4つ、入っていた。どろどろ食からやっと刻み食になった患者に、ショートケーキか。どんだけ元気だと思われているんだか。何もかもが気に入らない。
昨日、病室を移っていたので、同室の患者さんはかわいらしい小学生の子供たち。ケーキをその子供たちに配り、病院から食べてもいいという許可をもらって、チビもひとつ食べた。


今日は下のチビとの時間を多く取りたかったので、私だけが先に病院を出た。お義姉さんはお兄ちゃんと一緒に帰ってくるだろうから、ひとりで車を運転して。帰り道、大きな電気屋さんに寄り、お見舞いの小さいDVDプレーヤーを買った。肝心のDVDは今日あたり、実家に届くように注文済みだもんね。喜んでくれるといいなぁ。


家に帰り、下のチビと一緒に夕飯の買い物へ。好きなお菓子を買ってもらって、ゴキゲンだねぇ。お兄ちゃんたちは帰りが遅くなるというので、じいばあと下のチビと4人で夕食。わんこたちと遊んだり、踊ったり、歌ったり、賑やかに過ごした。
おばあちゃんが 「チビがこんなに笑ったの、久し振りに見た」 と何度も言っていた。


夜、お兄ちゃんとお義姉さんが帰ってきた。 「明日、退院だって・・・」 と。
はぁ?あんな食事なのに?あんなに歩けないのに?
チビが運ばれた大きな病院は、生死の境をさまよう重症の人が毎日、入院して来る。坐骨骨折をしているものの、松葉杖があれば何とか歩くことができ、内臓に大きな損傷がなく、傷の回復と脳の経過観察やリハビリだけのチビはもう、入院でなくて通院可能な患者、という判断をされたようだ。明日、病院が紹介してくれた別の病院で、脳の検査を受けたら、そのまま退院するそうだ。
大丈夫なんだろうか。大丈夫だから退院なんだよね。良かった・・・んだよね?
家族みんなが、自分に言い聞かせるように同じ言葉を口にする。


明日はチビが家に帰ってくる!