昭和の梅酒

母は毎年、梅酒を作る。
大きい瓶に作り、その正面に紙をテープで貼り 『●年●月 梅酒』 と書く。
家にはズラーっと歴代の梅酒瓶が並んでいる。
離れて暮らしてからは、時折届く田舎からの宅配便に梅酒を入れてくれる。
時には大きい口広瓶で、そして時には日本酒の瓶に詰め替えて。


ある日、古い口広ビンに入った濃い琥珀色の梅酒が届いた。
その梅酒は、いつもと何となく感じが違っていた。
ラベルを見ると 『昭和56年 梅酒』 と書いてある。
早速、母に電話を掛けた。
私)「何だか、いつもの梅酒と違う感じがするね。昭和56年って、かなり古いよね」
母)「梅の実は入ってる?」
私)「あー、今回の梅酒は実が入ってる。珍しいね。いつも途中で取り出すのに」
母)「実が入っているなら、おばあちゃんちのだよ。おじちゃんが作った梅酒だよ」
私)「えー!」
母)「おじちゃんの梅酒は度数が高いから飲み過ぎないようにね」


それは、数年前に亡くなったおじちゃんが作った、昭和の梅酒だった。
母は何年か経つと梅の実を取り出して別に保存するのだが、おじちゃんは梅を入れたままにする。
大酒飲みのおじちゃんが作る梅酒は、尋常じゃない度数の焼酎が使われている。
昭和の梅酒。
亡くなったおじちゃんの梅酒。


母の弟であるおじちゃんは、私を本当に可愛がってくれた。
そして私も、本当におじちゃんが大好きだった。
私より3歳年下のおじちゃんの娘は「父さんは、娘の私よりも可愛がってたもんね」と今でも言う。
職人だったおじちゃんは、いつも作業ズボンのポケットにお金をそのままグシャっと入れていて、私が遊びに行くと、そこからグシャグシャのお札を出して「お菓子でも買え」とくれた。
そんなおじちゃんが作った梅酒が、目の前にある。
瓶を眺め、『昭和56年って何をしてたかなぁ』と思うだけで、勿体なくて飲むことができなかった。


そのおじちゃんが病気で亡くなった後、東京に出てきたおじちゃんの娘を部屋に連れてきた。
一緒にご飯を作って食べた後、その瓶を見せた。
「おじちゃんの梅酒だよ」 と言うと彼女は 「きゃー、父さんの梅酒なの?嬉しい!」 と大声で叫んだ。
「勿体なくて飲めないでいたけど、一緒に飲もうか」 と言って瓶の口を開け、グラスに注いだ。
古い梅酒は濃い琥珀色で、とろみが凄かった。
濃くて甘くて深くて優しくて、とにかく今まで飲んだことの無い味の梅酒だった。
それからふたりで昭和56年にタイムスリップし、職人さんを家に呼んでの飲み会のことや
おばあちゃんも生きていて台所を仕切っていたこと、クシャクシャのお札のこと、
おじちゃんの酔っ払ったときのいびきの凄さ、など等いろんなことを話した。
話しても話しても、話が尽きなかった。梅酒を飲みながら、明け方まで話した。


おじちゃんが遺してくれた梅酒。大切な古い時間。楽しい思い出。
今日はお母さんの平成10年の梅酒を飲みながら、思い出していた。