エチケットおじさん

先週、国立演芸場での談笑さんの落語会に行ったときのこと。
会場は、舞台に向かってふたつの通路があり、真ん中、両脇と大きく3つのブロックに分かれている。その日、私は通路側の端の席だった。ブロックの同じ列の人たちが来る度に、足を引いたり立ち上がったりして通れるようにしてあげないといけないのが面倒なので、開演5分前に席に着いた。



開演が近付き、どん帳を見つめる人たちの中、ひとりの白髪頭のおじさんが私の数列前の辺りまで通路を進み、立ち止まった。するとおじさん、通路にバッグを置き、コートを脱ぎ始めた。何?何?と思って見ていると、おじさんは 「どうもー、すみません。ご迷惑を掛けまーす!」 と繰り返し言いながら座っている人たちの前を通り、列の真ん中ぐらいの自分の席へ無事に到着した。
こういう椅子のある会場では、ブロックの両脇の席でない限り、既に席に着いている人の前を通らないと自分の席まで行くことができない。そういう時は大抵、 「すみません」 や 「失礼します」 などと声を掛けて通るのがエチケット。ましてや冬だと、コートやマフラーなど大きな荷物を手にしているので、更に座っている人への配慮が必要だ。 
このおじさん、席に着いてから狭い場所でワサワサとコートを脱いだり畳んだりするのは周りに迷惑が掛かるとの配慮から、通路でコートを脱いだのだろう。しかも 「ご迷惑を掛けまーす」 と声を掛けながら、席まで歩いて。
見ていて、とても気持ちが良かったなぁ。


遥か昔、大学生だった頃、映画か演劇か何かを観に、やはり椅子のある広い会場へ行った時のこと。
私と友達は、ブロックの真ん中辺りの席で、既に座っている人の前を通らないと席に着けなかった。小さく頭を下げ、小声で 「すみません」 と言いながら座っている人の前を通っていた。と、前を歩いている友達がヨロッとバランスを崩した。箸が転がっても可笑しいお年頃だったので 「大丈夫?」 と言いながら笑ってしまった。友達も私を振り返って 「大丈夫!」 と笑った。その数秒間、 「すみません」 の声を忘れてしまっていた。


すると突然、お尻をバシーン!と叩かれた。そう、力強く 「バシーン!」 って音がするぐらいに。ビックリして振り返ると、かなり年配の女性がメチャメチャ怒った顔で私を睨み付けて、こう言った。
「人の前を通る時は、 『失礼します』 って言うものなのよ!そんなことも知らないの?」 と。
「ハプニングが起こる手前までは、ちゃんと 『すみません』 って言ってたわよ!」 と心の中では思ったが、そう言ってしまってはこれから先の映画だか演劇だかのお楽しみが台無しになる気がして、言わなかった。エチケットの欠片も無い、キャピキャピしたおバカな女子大生だと思ったんだろうなぁ、この方。
席に着いてから友達が 「おばさんが言いたいことも分かるけどさぁ、お尻を叩くって酷いよね」 と言った。私も 「そうだよねぇ」 と言ったが、もの凄く恥ずかしくて、その後のお楽しみを心から楽しめなかった。今でもお尻を叩かれた場面をハッキリ覚えているんだから、よほどあの時の自分は恥ずかしい思いをしたんだろうなぁ。
人前でお尻を叩かれたことが、ではなく、エチケットを知らない人間と判断されたことが。


私の身近に、とっても気持ちの良いエチケッターがいる。取引先の社員、鉄道鉄子ちゃんだ。
鉄子ちゃんは電車で席に座る時、隣に人が居るときは必ず、頭を下げたり 「失礼します」 と言ってから座る。座っていた人の中には、驚いて顔を上げた人もいたなぁ。バスを降りるときは必ず運転手さんに 「ありがとうございます」 と言うし、レジでお釣りを受け取るときも 「はい」 とか 「ありがとうございます」 と言う。食事を運んで来てくれた店員さんにも 「ありがとうございます」 と声を掛け、お料理の説明をされた時は 「はい」 とお返事する。職場で次の人がコピーの順番を待っていると、自分がコピーを取り終えてから 「すみません」 と言うし、もちろん、人の前を通る時は必ず 「失礼します」 と言う。
国立演芸場のおじさん同様、見ていてとても気持ち良いし、声を掛けられた人も笑顔になる。とても素敵な光景だ。


私も見習うようにしているが、意識していないと出来ないことがある。自然に出来るエチケッターになるまでは、まだまだだなぁ。




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