お花の香りでタイムスリップ

仕事の帰り、お菓子を買いに、品川駅のecuteに寄った。お目当てのお菓子を買ったあともぶらぶら歩き、青山フラワーマーケットの前でお花を眺めた。明日、知り合いのお墓参りに行くことになっているので、そのためのお花の下見に。
お店には、たくさんのお花が並んでいる。床に置かれているだけでなく、ラックを使ってタワー状にディスプレイされているので、とても見やすい。たくさんのお花たちの中で、あるお花が目に止まった。
「あーっ!!!」



鮮やかなオレンジ色のチューリップ、 『バレリーナ』 だー!
・・・とは思ったものの、本当にそうかどうか心配だったので、他のお花をかき分け、バケツに貼られた名札を見た。確かに 『バレリーナ』 の文字。やっぱりそうだ!お花に顔を近づけてクンクンする。あー、イイ香り。たまらん!バレリーナは、イイ香りのするチューリップだ。この香りは、言葉に表せないなぁ。うーん、 「バレリーナの香り」 としか言えない。私の遠い遠い記憶を呼び起こしてくれる、甘く柔らかい香り。


私が育ったのは、田舎町。市の中心部だって、メインストリートは15分も歩けば終わってしまう。お花屋さんもあるが花の種類は少なく、花束を作ってもらえば、透明のフィルムで巻いて幅広の赤いリボンを結ぶ、そんな普通の花束を作るようなお店しかなかった。
高校生の時、メインストリートの外れに、新しいお花屋さんがオープンした。若いご夫婦が開いたそのお店は、他のお店には無い珍しいお花があり、ラッピングもカラーペーパーを使って可愛らしく、天井からはたくさんのドライフラワーが下がっていて、たちまち私は虜になった。
学校帰りに立ち寄り、ご夫婦からお花の名前やドライフラワーの作り方を聞くのが楽しみになった。お小遣いから少しずつドライにし易い花を買って、自分の部屋の天井をドライフラワーだらけにした。ポプリもたくさん作った。当然、お母さんは 「虫が寄って来そう!」 と文句タラタラ。それでも、姫リンゴにクローブを刺しながら、 「お母さんはお花のことが分かってないなぁ」 なんて思っていた。


あの頃、いちばんのお気に入りは、 『ソニア』 というバラだった。ピンクでもオレンジでもない、微妙な柔らかい色がたまらく好きだった。色が好きなのは 『ソニア』 、そして香りが好きなのは 『バレリーナ』 だったなぁ。いろんなお花の香りを嗅いだが、バレリーナの香りは特別だった。 「ひと目惚れ」 ならぬ、 「ひと嗅ぎ惚れ」 。
今日のバレリーナの香りは、私を幸せな気持ちにさせてくれただけでなく、あの素敵なお花屋さんを思い出させてくれた。若いご夫婦の拘りが詰まった店内。たくさんのリボン。天井のドライフラワー。お店の前に止めた自転車。忙しいのに、私の質問攻めにひとつひとつ丁寧に教えてくださったご主人と奥さんのお顔。 「私もね、将来はこんなお花屋さんをやりたい!」 と言うと、 「将来のライバルだね」 なんて笑ってくれたんだよね。秘密の寄り道、本当に楽しかったなぁ。


大学生になり町を離れ、そのあと実家も遠くに引っ越してしまい、そのお花屋さんがどうなっているのかも分からなくなってしまった。東日本大震災以来、東北の田舎町でもGoogleマップストリートビューが使えるようになったので、お花屋さんのあった場所を見てみた。そのお店があった通りは津波に襲われたので更地も多く、お店を確認することができなかった。


人間の記憶にいちばん残るのは 「香り」 だと聞いたことがあるが、本当かもしれない。目で見て確認することはできなかったけれど、今日のバレリーナの香りは、私にあのお花屋さんの姿をはっきり見せてくれた。しかも、かなりの高性能で。ずっと、思い出すこともなかったのにね。
次に田舎に帰った時には、あの場所を尋ねてみよう。今日はイイ夜だったなぁ。