子供仕様の天気予報

子供の頃、私の世界は、自分の住んでいる小さな沿岸の町が全てだった。
太陽は、海の方から上がって、山の方に沈んだ。見上げる月は、自分の住んでいる町だけを照らしていた。同じひとつの太陽、ひとつの月が日本全国から見えているなんて、想像もつかなかった。だってどちらも、私の頭上にあったよ。
飛行機雲の少し上に、太陽があったもん。星のすぐ隣に、月があったもん。そうだ、星だって、山のすぐ上でチカチカしていたよ。天の川だって、けっこう近くにあったもんね。
あの空に奥行きがあるなんて、そんなこと知らなかったんだもん。



そんなだから、天気予報だって子供仕様だった。
「山沿いは雪になるでしょう」 。冬になると、天気予報でよく使われるフレーズだ。
私の住んでいた家は、山との間に2〜3軒の家と砂利道があったので、山の真ん前ではなかった。友達のマユミちゃんちは、山を背負うように建っていた。 「あー、今日はマユミちゃんちは、雪が降るのか」 と思った。
カワムラくんちは雪、シンゴくんちは晴れ、ミックンちも晴れ、トシヒサくんちは雪。私の中の天気予報では、そうだった。どの家も、歩いて1分も掛からないご近所なのにね。


いちばん夢中になったのは、雲。 「気象衛星ひまわりからの映像です」 の後に画面に映る雲の様子。その雲は、自分の頭上にある雲だと思っていた。秋田と岩手の間にスーッと流れている雲だって、私の中では、自分ちの上に浮いている雲と同じだったんだよなぁ。
テレビと窓の外を見比べ、あの雲がアレでしょ、隣の雲がソレでしょ、と同じ雲を探す。が、同じような形の雲があることは殆どなく、 「おかしいなぁ」 といつも思っていた。


「やませ」 は、夏の東北地方に吹く、冷たい季節風。夏なのにヒンヤリとした空気で、霧も発生し、驚くほど気温が下がる。やませが吹くと、寒いぐらいなんだよね。
「今日は、やませの影響で・・・」 と聞くと、やませという巨大な怪物が海の前に現れ、巨大なレースのカーテンみたいなものを広げて町を覆い、口から冷たい空気をブワーッと吹く姿を想像し、怖くなった。だって、やませの日って、夏なのに本当に寒いんだもん。


「波浪注意報」 は 「ハロー注意報」 。黄色い笑顔の挨拶好きな怪物だった。もし、目が合ってしまったら 「ハロー」 と挨拶しないといけないのだが、一度も会ったことがない。 「濃霧注意報」 は 「ノーム注意報」 で、頭にメトロノームを角のように乗せた、カチカチ言っている怪物。メトロノームのせいで、周りがモヤモヤと見辛くなってしまうのだ。
いま思えば、波浪も濃霧も、そんなに愉快な状況じゃないんだけど・・・。


「気圧の谷」 は、気圧という台風のような渦巻が超高速で駒のように回るため、その真ん中にある地域は谷底のように沈んでしまい、太陽の光も届かなくなってしまう。気圧の谷に入ったら大変だ!やませと同じぐらい怖いのが、気圧の谷だった。


「三八上北地方」 は三戸、八戸、上北地方をまとめた表現だが、 「さんぱち」 という響きが、水戸黄門に出てくる 「うっかり八兵衛」 みたいな面白いおじさんの名前のようで、頭の中で 「さんぱちかみきたちほう」 と繰り返すだけで、顔がニヤリとした。
 

東北の天気予報で、福島県の 「中通り」 「浜通り」 地方と聞くと、自分の町の海沿いの通りと一本陸側の通りを想像し、福島県にも私の町みたいな町があるんだなぁ、と思った。


いつ頃までそんな風に思っていたのかなぁ。小学校の低学年ぐらいまでかなぁ。
大人になってからも時々、天気予報で 「山沿いは・・・」 と聞くと、マユミちゃんちが頭に浮かぶ。もう、お嫁に行って、あの家には居ないのにね。マユミちゃん、元気にしてるかなぁ。
子供って面白いなぁ、と今だから思うが、あの頃は本当にそう思っていたんだから、ね。子供って・・・。