カメラな夜

私の宝物のひとつ、相棒のポラロイドカメラSX-70。数年前のクリスマス、私にこのカメラをくれたのは同い年の友人。カメラが好きな友人は、今まで私に3台ものポラロイドカメラをくれた。 「飾っておくだけじゃ、カメラも可哀相だから。使ってもらえる人が持っていた方がカメラも嬉しいんだよ」 と言って。おかげで私はどっぷりポラロイドカメラの魅力にはまり、今日までいろいろな写真を撮って楽しませてもらっている。


そんな友人にちょっとした用事があり、仕事を終えてから、あるお店で待ち合わせをした。その用事はほんの15分ほどで終了。 「ラーメンが食べたい!」 という友人に付き合い、私も久々にこってりのつけ麺を食べた。ダイエッター生活を続けていたから、美味しかったぁ。
食べながら、友人が言った。 「今から、荷物を預けている倉庫に付き合って。カメラを好きなだけあげるから」 。友人の趣味はカメラ収集。そりゃそうだ。私にカメラの面白さを教えてくれたのは、この人なんだから。 「えー!なんで手放すの!?」 と聞いたところ、 「置くところもないし、自分が使うカメラが何台かあれば、それでいいから」 と友人。 「私が今日、そこに付き合わなかったら、カメラはどうするの?」 と聞くと、 「自分が持っていたいカメラ2台とレンズがあるから、それ以外は全部捨てるよ」 とのこと。 「えー!?本当?もったいない!でも、明日も仕事だし・・・」 と私。
その倉庫があるのは、いま居る街から電車で30分ぐらいの場所。しかも私の家とは全く逆の方向。でも、捨てられようとしてるカメラたちを放ってはおけない。 「一緒に行く!」 と言って店を出て、倉庫のある街に向かった。 


最寄駅には、友人の更に友人が車で迎えに来てくれていた。倉庫の持ち主でもあるその方は、仕事を終えた後、私たちのために来てくださった。申し訳ない。。。
その方の会社が仕事で使っている倉庫の片隅に、友人の荷物が積まれていた。訳あって、部屋のモノを全て出さなければいけなくなった友人は、この倉庫に自分の荷物を置かせてもらっている。ただ、倉庫を占領し続けていることもできず、荷物を片付けることにしたらしい。



棚の上、天井近くに、そのカメラたちは置かれていた。衣装ケースに詰め込まれ、保存状態は良くない。幅の広い3段の衣装ケースをふたつ、友人たちが下ろした。その中には、ポラロイドカメラクラシックカメラトイカメラ、カメラ用のアクセサリー、カメラケースがびっしり詰め込まれていた。 「うわー、すごーい!!」 と思わず声を上げる私。だって、次から次へと、貴重なカメラが出てくるんだもん。
SX-70シリーズはもちろん、他のポラロイドカメラも、どれもこれも貴重なカメラ。ポラロイドカメラの本に 「ポラロイドの歴史」 みたいなページがあって、歴代のポラロイドカメラが並んでいるが、それが現物としていま、目の前にある。その昔、友人は必至になって集めたそうだ。見たことのない色、本でしか見たことがない型、とにかくそれは、ホコリを被った宝箱だった。


「Lちゃん、どうする?」 と聞かれたけど、どうするもこうするも、こんなに大量のカメラを見たことがないので、ただただ 「すごーい!!」 しか言えない。
友人はさっさとお目当てのカメラとレンズを見付けて、 「どうする?あとは全部、あげるよ」 って。 「だってこれ、多過ぎて持って帰れないよ。持って帰っても、置くところがないし。でも持って帰らなかったら、捨てるんだよね?」 「うん」 。この会話の繰り返し。
見かねた倉庫の主が 「じゃぁさ、これ、あとで送ってあげるよ」 と言ってくれた。送られても置くところがないし、でも捨てるなんて考えられない。結局、 「送ってください」 とお願いしてしまった。だってぇ・・・。



ホコリまみれの私たちは、また電車に乗って帰ることになった。友人は首からクラシックカメラポラロイドカメラを1台ずつ提げ、手にはレンズの入ったケースと自分のバッグを持っていた。とってもオシャレさんなのに、すごく変な格好に変身しちゃった友人を見て、思わず笑ってしまった。
私はといえば、自分のバッグを斜め掛けにし、大きな袋に4台のカメラと自分の荷物を入れて右肩に掛け、友人に 「これ、宅配便で送ってくれる?」 と頼まれたベースのカバーを折りたたんで左手に持ち、同じく変な格好。 「何で私がベースカバーを持って帰らないといけないのぉ!」 と抗議しつつ、カメラをもらったから仕方ないや、と諦めてお持ち帰り。
ホコリまみれのカメラやケースを持って嬉しそうにカメラについて語る、おかしな二人。電車の中では周りの人にジロジロと見られたが、自分たちは大満足だから関係ないや。電車の乗り換えで別れるまで、カメラを取り出しては使い方を聞き、ときどき笑った。友人も私も、きっと久し振りにたくさん笑った。笑った友人を見て、とっても嬉しかった。カメラをもらったことよりも。
家に着いてから、何とか持ち帰った3台の色違いのトイカメラ 「SMENA8M(通称スメハチ)」 と、友人が革を張替えたクラシックカメラ 「OLYMPUS-35 EC2」 を眺めながら、しみじみ。


友人とは、次にいつ会えるか分からない。会えるかどうかも分からないし、約束も出来ない。病気療養のため、遠い街に住んでいるから。退院したばかりですぐに飛行機に乗ってやって来た、今回の東京滞在。滞在中、久し振りに会った友人からの最初の言葉は 「いやぁ、会えるもんなんだね」 だった。 「会えるもんなんだね」 という言葉を友人がどういう気持ちで言ったのかは分からないけど、それはここ数年のことを振り返ると、とてもとても深い言葉だった。
言われてすぐ、 「もー、それはこっちの台詞だよ!」 と言って腕を軽く叩いたが、それは確かに友人が存在している、ということを確かめたかったから。ずっと、そうしてみたかった。ちゃんと肉体はここにあって、こうやって目と目を見て会話をしている。それが何より嬉しかった。最初は恥ずかしくて目を見ることができなかったし、無理やりはしゃいでしまったけど。会話をしながら何度も、腕や背中や手やいろんなところに触れて、確かめた。そして、存在していることに安心した。メールでやり取りするだけでは得られない安堵感が、そこにはあった。 


電車の乗り換えで別れるとき、明日また遠くの街に行ってしまう友人に、 「じゃぁ、またね」 と言って手を振った。当てのない 「またね」 だけど、それしか思い浮かばなかった。 「無理しないでね」 とか 「ちゃんとご飯食べてね」 とか 「頑張ってね」 とか他にも言葉はあったかもしれないけど、 「またね」 がいちばん合っている気がした。
そしてまた会える日が来たら、今度は私の方から言うんだ。 「また会えたね」 って。 




・・・今日の重量【前回比0kg、基準日比−0.2kg】 ← 久々のラーメン、美味しかった!